【読書録】『宝島』/真藤順丈

子供のころ、読書と言えば小説だった。
小6の時、『吾輩は猫である』を小学校の図書館から借りて読んだことを覚えている。猫が好きだったから。夏目漱石は千円札の小説家だったから。そして何より他の子より自分が秀でているのだと証明したかったから。

 

中学に上がるとライトノベルにのめり込んだ。中二病というやつだろう。分かりやすく心躍る展開や台詞回しに酔っていた。一般小説で読んでいたのは宮部みゆきや『新宿鮫』シリーズ(コナンの単行本の表紙裏で知る)、『燃えよ剣』(るろうに剣心の単行本で知る)。ミーハーな選書だ。

高校から大学では、ラノベと一般小説の中間あたりをウロウロしていたように思う。好きな小説家はと聞かれたら、河野裕と答える所存だ。

 

就職してから、電子書籍がメインになった。手元に200冊程度、一時的に読んでいたほんならもっとたくさん。そして、読んでいたのは主にビジネス書だった。
心に残った小説は、ほとんど思い出せない。住野よるの『また同じ夢を見ていた』は間違いない。姫野カオルコの『終業式』もとてもよかった覚えがある。ゼロではないが、読んできた本に対しては小説はごく一部だ。

 

 

2.5ヶ月前から、仕事を休んでいる。あれだけ魅了され、読書でインプットし続けたビジネスの世界で、環境の変化と人間関係に心は蝕まれてしまった。医者は気晴らしをしろという。活字を読むことすら億劫だった時期から、小説に戻ってきた。

 

表題の小説は、戦後アメリカの統治下におかれた沖縄の本土復帰までの時期が舞台となる。覚えておいていただかなくてもいいが、私は高校を卒業するまで沖縄県で育った。濃厚な方言と知った地名、聞いたことのある事件が、むせ返るような濃密な沖縄の空気を思い出させた。

 

私の時代は、小学生の総合学習において「平和学習」の名目で沖縄戦については詳しく調査をさせられる(第二次世界大戦ではないところがミソ)。おかげさまで「戦争のない世の中」「世界平和」なんて無駄に高い視座が染みついたのかなぁというのが最近の自己分析だ。

ただ、沖縄戦が終わった後、"アメリカ時代の"沖縄の実態については初めて知った。悲惨な事件や事故、凄惨な描写にベトナム戦争や本土復帰といった歴史的事実も交わりながら、戦争を生き抜いた若者4人を軸に物語が進む。「日本で唯一の地上戦」という悲しい背景もあるけど、基本的にはのんびりしたお気楽な島だと、私自身も勘違いしていた。沖縄にルーツがない人がこの本を読んでどんな感想を抱くのか、読んだことのある人に聞いてみたいと思った小説は初めてだ。

 

良いのか悪いのか、休職中、自分の在り方、生き方について思いを馳せてしまう(前も書いた?)。自分がこの世界にきちんと"収まって"いるのか心配になってしまうときもある。そんな中で、これだけの時代を生き延びた歴史を持つ島で育ったことが、その島の血を持つ人たちと交わりながら生きていたことが、少なからず自分のアイデンティティに何か影響しているのかなと感じた。それが正解でも不正解でも、今の自分について思いを馳せてしまったときに、一つの結論らしきものとして存在してくれることはそれだけで救いになってくれた。

 

物語の完成度についても、自分という人間の中で占める位置づけについても、傑作と呼ぶにふさわしい本でした。

 

 

「あのね、それは……忘れなきゃ生きていけなかったから。それだけの目に遭ってきたから。宴会にも占いにもなんにでもすがって、過去をふっきろうとして、そのうえで出てきた〝なんくるないさ〟はただの〝なんくるないさ〟じゃないんだよ」 

 

 

 

…ただこれ、そのうち映画化されるらしいんだけど、ナイチャーの半端なウチナーグチは聞くに堪えないので、見る気は起きないかもなあ…
特にヤマコは菜々緒とか北川景子とかそっち系統で想像してたから、広瀬すずかぁっていう…まだ広瀬アリスの方が…

良くない締め方。笑

11ヶ月/2ヶ月

とても久しぶりにブログを書きます。

 

『新環境』というタイトルが最後の記事でした。
当時詳しく書きませんでしたが、その新環境がその後なかなかに厳しい環境に変貌し、一時的に業務面・精神面の負荷が高まり、2ヶ月ほど前から休職中という運びです。

 

加えて、現在妻が第一子を妊娠しています。
そのため、自分の手ではどうにもならない環境要因から離れること、育児にもしっかり取り組める勤務形態を探して転職に向けて動いてみましたが、なかなかどうして選考通過には至らない。

 

一度落ち着いて前向きになった心がグジャグジャになってきて、なんとなくブログから自分を発信してみたくなりました。誰かの心に一つでも何か残ればいいな。

 

【休職中やってたこと】

世は人類皆スピーカー時代。誰もが自分をコンテンツにできる時代に、休職直後の私が選んでいたのは「3年日記」でした。日付に合わせた日記を3年分手書きできる日記帳に、揺れ続ける思いを毎晩書いていました。

タイピングよりも文字起こしよりも、手書きに何か意味があるのではないかと考えたのです。それを年単位で読み返せることに意味があると思ったのです。

そして今、日記を読み返すと、日々感じていて今は忘れていた心情が鮮明によみがえってきました。

誰に見せるでもなくても、自分が生きて考えてきた足跡を残すのはいいことかもしれません。

 

【休職中の過ごし方】

最初の2週間ほどは、「何もしなくていい時間にすがりつく」ような感覚だったように思う。医者は即日休職の診断書を書いてくれた。会社への連絡も妻からしてもらうように指示してもらった。会社のPCもスマホも電源を切った。タスクの激流が止まった。顧客への責任感、会社への貢献、将来のキャリア、全部忘れた。後回しにするように医者から言われていた。

だからといって、学生時代の長期休暇に突入したような喜びはない。レジャーも行っていたが、強制的に歩みを止められた慣性で心はかき混ぜられ続けた。そしてそれは、今も起きてしまっている。

 

次の通院で医者からは気晴らしをするようにと言われた。ボーっとしてるのはダメで、「今日どこに行こう、何を食べよう」とかが気晴らしだと。当時は変なのと思ったが、自分の境遇を忘れて自分を取り戻すようなことをしろという話だったのかと。多分。その日から意識的に外に出たりするようになった。

 

何とか自分を取り戻し、納得のいく生き方に近づけるように転職活動に手を出してみたが、今のところ上手くいっていない。

 

医者からすると不本意かもしれないが、休職中はどうしても自分との対話が増える。休職中だからって浮かれてゲームしまくったりマンガ読みまくったりアニメドラマ見まくったりするような人は適応障害にならない気がする。笑

「上手くいかなくても自分は自分でいいじゃないか」と考えることが正しいのか、「上手くいかせるために頑張らないとダメじゃないか」と考えるのが正しいのか、未だによくわからない。

ただ、私はこれまで前者の思考が少なすぎたんだと思う。休職を伝えていても変わらぬ態度で接してくれる妻や両親、義両親のおかげで実りもあったような気がするが、先日草サッカーをしている途中も面接のことがフラッシュバックしたりしたので、本質は全然変わっていないのかも。

 

【結びに】

手書きの日記でいいと思ってたけど、誰も見てないであろうこのブログが頭から離れたことはなかった。

何のテーマも示唆もない文章になってしまったが、一つ自分のモヤモヤを解消できたような気がする。

今日の一曲は、皆さんにお任せします。

新環境

新しい会社に入社して2週間である。

実は先月の有休消化中にスタートアップ企業に入社する前の心持ちみたいなものを書こうとしていたのだが、無駄にぶちこんだ資格勉強に引っ張られたのと、次の会社がSNSをどこまで許容しているのかが気になって、詳しく書ける範囲が分からずお蔵入りになってしまった。

(ちなみにITパスポート、基本情報技術者ともう一つ現職に関係する資格をもぎ取った。社会人7年目に突然3つの資格が積み上がった。)

実はこれって個人的な改善点な気もしていて、小さなアウトプットでもいいから完成させていかなあかんなと思う。

 

さて、次の会社であるが、いわゆるSaaS企業のCS(カスタマーサクセス)という職である。

薄利多売のクラウドシステムを、お客様に使い続けてもらうために導き伴走していく役割、というのが世間的な(理想的な)役割である。

実際に入社してみると、「これ、進研ゼミ(CSについての本)でやったところだ…!」みたいなことが多くて楽しい。すなわち、(これ、本ではこういう風にするべきって書いてたけどあんまりできてない…のでは…!?)みたいなこと。

就職してから自分にとっての「仕事」の比重の大きさに気づき、憑りつかれたようにビジネス本を読んできて気付いたこととして、世の中本に書いてることみたいにうまくいかんことばっかりやなということがある。ので、上で「理想的」と書いた。

様々な事情と紆余曲折があって今がある。そこに途中から飛び込んだ身として、先人もリスペクトしつつ腹を括って組織とビジネスとプロダクトを成長させていく(ついでに私自身のキャリアも…!)。

自分が向き合わなくてはいけないテーマと合致した会社だし、それを実現する環境もそろっていると思っています(フットワークの軽い社員と優秀なエンジニア)。

今の会社の内定が出た後に、書類で落とされた会社では地下アイドルを3人食ってクビになったプロデューサーを雇っていたり、KADOKAWA関連で荒れていたりと、よくわからん世界やでと思っていたので、良さそうなところに落ち着いて一安心。いったん終わり。

(自分を落とした会社を見返してやるみたいな暗い炎は建設的ではないことはわかってるよ)

 

<本日の一曲>

/ラランド サーヤ

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旅の終わり

5月、転職活動がひと段落しました。

キャリアチェンジそのものを決断し、転職の準備に入ってからの期間でいうと、2年弱かかりました。

書類・面接含めお見送りは、40~50社ぐらい…?頭でわかっていても自分を否定された気持ちになってしまう、とても苦しい旅でした。

一度方向転換も挟んだもののなかなかうまくいかない日々が続きましたが、結局最後に内定をいただいたところは拍子抜けするほどすんなりと…「ご縁」という言葉は真理なのかもしれないなと思いました。

そういう意味では、私は周りの人々に恵まれているなあとつくづく思います。

「医学部を目指して多浪してる気分だよ」と自虐すると、「そのぐらい難しいことに挑んでると思うよ」と励ましてくれた友人。

リファラルで誘ってくれた皆様(全部落ちてしまってマジですみません)。

そしてもちろん常にそばで支えてくれた妻。

6月は有給消化という大層なご身分になりますが、自らのキャリアのためだけでなく、周りの人々への恩返しのためにも歩みを止めずにがんばっていかないとなあと、この記事を書きながら思いました。やっぱりアウトプットも必要ですね。

 

このブログにもいくつか型があった気がしますが、覚えていませんw

読んだ本の紹介とか、見た映画の紹介とか、サッカーの観戦記だったか??w

読みたい本もクソほどたまっている状況でインプットしたいことだらけですが、読んだ本の話とかも今月は吐き出していきますか。

 

<本日の一曲>

キラキラの灰/リーガルリリ

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言葉を創ろう

久しぶりにブログの編集画面を開いたところ、最悪のタイトルで更新を止めていたことに気づいた。このまま終わるわけにはいかない。笑

最悪のタイトルの記事は2023年5月11日リリースだ。あれからの私の人生は、「公」に関して言うと絶望続きで、「私」についてはとても恵まれていた。
憧れた業界への転職活動の夢は潰えた。その後も結果は出ず、エージェントとの壁打ちを控えて年を越した。
一方、人生で最も尊い涙を流し、左手の薬指には指輪が増えた。

 

「もっと強い自分になって帰ってきます!」

怪我をしたスポーツ選手がよく使うフレーズだ。個人的には、少し哀しくなる表現だった。だって、怪我をする前の身体の方が強いに決まってるじゃないか。選手生命や健康寿命が削られてしまったのは明白じゃないか。自分が大きな怪我をした時も、そんな風には微塵も思えなかった。

ただ怪我をして以降の私は、再発防止のためのストレッチや筋トレをするようになった。自分の身体の弱いところを理解した措置を取れるようになった。

もしかしたら、ここ1年半に亘る足踏みも、もっと強い自分になるために必要な時期だったのかもしれない。「公」について絶望続きと書いたが、正しいプロセスは踏んでいると自分で信じられている。年収とかネームバリューとかではなく、自分がどう生きていきたいかを実現できる環境で働きたいという思いがブレていない。(この文章を書きながら頭に浮かんだ表現だ。新年早々背中を痛めたのに、PCに向き合った甲斐があった。)だからこそ心が折れていないんだとも思う。

転職活動の一環として、どう生きてきたかを振り返ることが増えた。総じて本当に恵まれていたなと思う。目の前の出来事に一生懸命になれば、それなりに結果が出る何かを授けてもらった。そしてそれ故に近視眼的に生きてきたのかもしれない。ただ、自分の人生を否定するわけにはいかないことにも気づいた。私を信じてくれた人も否定することになる。今の私の人生は、昔の私のように、「頑張れば最後はうまくいく」状況ではないらしい。その「諦念」を受け入れることを昔の私は後退と考えただろうが、今の私は前進と捉えたい。

 

もう一つ、昔の私は、アウトプットの場を広げることをあまり好んでいなかった。単純に(インターネット上の)アウトプットにそこまで興味がなかったのもあるが、新しく始めたことを続けられなくなることをダサさと捉えている節があった。何かしら(私の場合は転職活動)結果が出ていない状況ではアウトプットする資格がないとも感じていた。

ただ、結局自分もブログ更新は止めてしまったダサい人間だ。そして、数年前から色々な形でアウトプットをしていた知人の活動が、去年から今年にかけて花開いた。本当におめでたいなと思うし、見習うべきだなとも思う。

例えばインターネットというオープンな場へのアウトプットに慣れてしまえば、自分の会社というクローズドな場へのアウトプットへのハードルが下がるかもしれない。そもそもの話、最近自分の頭の中から上手く言葉を引っ張り出せないのだ…。

やっぱり時代のトレンドはルーティン化だよな。毎月8日に最低でもブログ書くか(今決めた)(できるかは知らない)(でも宣言しないと始まらない)。

 

「AIタイトルアシスト」が機能しない取り留めのない文章から始めてしまって不安が募る2024年ですが、今年もよろしくお願いいたします。

 

 

<本日の一曲>

ユビサキから世界を/アンダーグラフ

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スキ・・・♡

平素より大変お世話になっております。

ブログを書くには自分自身の隙を窺わなくてはなりません。いま私は皆さんに隙を晒していることになります。仕事転職プライベートの隙をご覧あれ。

 

【最近見た映画の話】
『生きる -LIVING』
映像美☆☆☆☆☆
心に沁みる☆☆☆☆☆
世界ってそうだよな…☆☆☆☆☆
オススメ度☆☆☆☆

パート数を外してみた。今回は映画館で観た映画のお話。黒澤明の同名映画をカズオ・イシグロの脚本でイギリスを舞台にリメイクした作品となっております。
まず記憶に残っているのは1950年ごろのイギリスを再現した映像の美しさ。自然、街並み、建物、服装などなどを、映画館ならではの迫力で観られたのは良い体験でした。

ストーリーもグワーッっと泣かせに来るというよりは淡々と淡々と。やっぱ老人を描く台本って好きですね〜。積み重ねにロマンを感じるタイプ。でも、7作目にもなると起承転結の型みたいなものはなんとなく察せられますね。笑

黒澤明の方でブランコのビジュアルだけは知ってたんですが、実際の場面はそう来るか~と鳥肌モノでした。そして、こんなベクトルの切なさもあるんやなっていうラスト。全体を通したカタルシスの小ささが相当大人向けな気がしたので、万人に薦めていいんだろうかという意味で☆4ということで。

「お役所仕事」みたいな概念はイギリスでもリアリティがあるのでしょうか。それが最後まで気になりました。笑

 

【最近読んだ本の話】

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読者の皆さん、仕事って何だと思いますか。人生における仕事って何ですか。私は、この業界に答えがあるんじゃないかと思っています。
就活のときは「優秀な人が行く世界」としか思えず、事業会社から入らないと仕事って分からんだろうなと直感し、研究に忙殺されて入社の準備も出来ないだろうと判断して避けた世界ですが、果たして新卒からワークしていたらどうなっていたのかも気になります。過去は変えられないし、私は私が歩んできた道が割と好きですが。
この本を読んで面白いなって思ったり感化されたりする人が少ないほど、私自身のポジショニングが有利になるので、皆さんはエンターテイメントとして読んでください。私は私でがんばります。

 

月2本映画を見る目標に対して、4月で遂に借金が一つできてしまいました。時間できるか?

お疲れさまでした。お先に失礼します。

 

<本日の一曲>
運命の人/パーカーズ

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会社の先輩とのTeamsで
「結局服着るときパーカーって楽だよな」
「僕がバンド組むとしたら名前はTHE PARKERSにしますわ」
「もういるんじゃないの」
「パーカーズならいましたww」
っていう会話の結果奇跡的に見つかった割といいバンドです。
数年の間にゴッドタンのEDテーマに抜擢されるにこのカシオミニを賭けてもいい。

J3第3節 今治-琉球観戦旅行記 ~フットボールが芽生える景色~

平素より大変お世話になっております。

いつの話なんじゃいという話はさておき、個人的にとても懐かしい観戦旅行紀という形でブログをお届けしてみたいなと思います。

3/19(日)のFC今治vsFC琉球今治里山スタジアム。J3ならではの土地に旅をしようと思って、かなり早い段階から参戦を決めていました。

 

 

前日の3/18(土)には極寒大雨で観客3400人のニッパツ三ツ沢競技場にて京都サンガゴール裏のど真ん中でバモり散らかし、4得点で乱舞しすぎてクッタクタでした。

やっぱサンガの応援はいいんだよなぁ。スネアで盛り上がれるし、チャントでいうと「情熱」も「ENJOY」も歌えたし、勝ち確BGMの「もっと京都」もたまりまへんでなぁ。

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そのコンディションでもなんだか寝るタイミングを逃してしまう私の体調が心配ですが、それでも当日きちんと朝5時に起きて6時前の電車に乗って羽田空港に向かう。一人アウェイ遠征に赴く非常識野郎たるものこのくらいの常識がないといかんのですよ。
ただ、電車の中で福岡遠征に向かいそうな湘南ユニを着た方を発見したのですが、私が琉球ユニを身に着けたのは手荷物検査場を通り抜けた後でした。ちょっと衆目を気にしてしまった。

睡眠時間最悪だったので飛行機の中ではずっと寝てました。あと松山空港も大学院時代に何度も訪れたことがあり、特に感慨もありません。お土産をちょっと買った後は自分のことやってました。旅行紀を書く気なら多少テンションを上げてほしいものです。

事前予約していたバスにて今治里山スタジアムまで直行。なんか驚くほど加速時の振動が少ないマイクロバスだなと思っていたのですがどこの車か確認するのを忘れていました。しくじった…

目についた景色はガンプラ専門店(愛媛に?)、淡路島バーガー今治中央店(今治に?)と太陽石油のコンビナート(かっけーけど管理大変そー…)。あとSOLATOって愛媛FCのユニか何かで見たことある!って思ってました。寝ないように頑張って外を見ていました。

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着いたときに気付いたのだがメインスタンドの真ん中の階段からピッチに入るのは「ありがとうサービス夢スタジアム」で「今治里山スタジアム」は新しいスタジアムなんすね。
5000人規模のスタンドの周りには土地が残されており、「これがこの先の拡張性を残しているというやつか…」と訳知り顔で歩いていました。

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威圧感しかないスポンサー陣。デロイトでマジで笑う。去年嫌な思い出があるので←

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隣のピッチで試合してた小学生がすごい今風な繋ぐサッカーをしてました。
少し前から考えるんですけど、新しいサッカーがインストールされた下の世代がどんどん入って来る中生き残ってるベテラン選手ってすごいですよね。

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お土産付きチケットと書かれたら買わないわけにはいかなかった。

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ピッチ近すぎ問題。

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ステーキカツカレーだっけ。美味しかった。

 

さて、試合については、ピッチに近すぎてよくわかりませんでした←
1失点目は田口が鍵山へのパスコースあったのに牟田に逃げたのが発端でしたね。
あと今治は安直に守備ラインを下げなかったので、森が持ち上がっても前線にスペースがなかったことと、ピッチに随分水を撒いていたのでボールタッチがやや覚束なかったことで苦労していたように見えました。

この日はいつもより多めに回っていた気がする森田凜。勇気ある持ち上がりを見せる森侑里。この2人のプレーを見ていたおかげか、最近自分がボール蹴る時もくるくる回れたり運ぶドリブルができたりしてるんですねこれが(「カラコーレス」と「コンドゥクシオン」で検索検索ゥ!こくやん大先生見てますかー!)。
生で見られなくても良いプレーにアクセスしやすくなる新世代の方が実力が上がるというのも自然な流れなのか。

「これは金崎でも入れて前線引っかき回すしかないかな~」と思ってたらズバリ後半から登場した金崎、後半開始数分で逆転というなんだか昔のゴールラッシュを思い出す猛攻で、2点目には裏抜けからアシスト。
この近さで生で見てたら、動きがネコ科のそれでした。鈴木孝司阿部拓馬とは違うベクトルでレベチのFWやで…。二見との肉弾戦は見ごたえ抜群。

さて、逆転したもののその後は決め手を欠く琉球。アキレス腱断裂から帰ってきた阿部拓馬や金崎が分かりやすくボールを収めてしまうものだから、攻撃が中央大集合になっていった感がありました。

じりじりとした展開の中、今治も気持ちを切らしません。球際の強さで強引に押し込んでくる様はまさに「村上海賊サッカー(命名俺)」。それを後押しするのが、臨場感たっぷりのスタジアムと、詰めかけたお客さん達のイノセントな歓声。

その想いが実り、ラストプレーのミドルシュート今治が追いついて会場のボルテージは最高潮。勝ち点1を分け合う結果となりました。


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「勝てた試合を落とした」とは思いませんでした。この日の試合については戦況は五分五分で、勝ち点がいくつになっても不思議ではありませんでした。
もしサッカーの女神が微笑んだ要因があったとしたら、今治のお客さんたちが作り上げた、目の前の光景を愛する雰囲気だったかなと思います。殺伐としていない分、リバウンドメンタリティも発揮しにくい。それでいてキャパが小さいスタジアムいっぱいにお客さんが入っている圧力は感じる。「ここに今からフットボールが根付いていくんだろうな」と感じられる貴重な空間でした。
岡田武史や並々ならないスポンサーが揃うこのクラブが、ここから何をしでかしてくるのか。「俺、J3時代に今治行ったことあるんだぜ!」と古参面できる日が来るのか。楽しみですね。

 

 

さて、おそらく琉球ゴール裏で一番声を張っただろうという自負があるくらいでしたが、試合の後も踏ん張って観光してきました。

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日本三大水城、今治城
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御城プロジェクトReでいつもお世話になっております、吹揚神社。結構感動。
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城を訪れたからには城下町を一望せねばなるまいて。
今治市は、静かな町でした。
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部屋とジンベーニョと私。何らかの旅行支援でええ宿泊まったりましたわい。

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いい宿の肉は泣くほどうまい。
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本遠征最大の収穫。f:id:fullcolor_sugar:20230330000501j:image

お友達増えたねぇー!🥺

 

揺れに揺れるJRの特急で徳島経由で淡路島に帰り、親戚に顔を見せてから帰って私の4連休は幕を閉じましたとさ。おしまい。

 

試合は引き分けでしたが、まあ結局旅行は最高だし知らない土地は最高だしサッカーは最高だしバリィさんは最かわだし俺もお前らも人生最高だってコト。

 

お疲れさまでした。お先に失礼します。

 

<本日の一曲>
銃の部品/PEOPLE 1

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