11ヶ月/2ヶ月

とても久しぶりにブログを書きます。

 

『新環境』というタイトルが最後の記事でした。
当時詳しく書きませんでしたが、その新環境がその後なかなかに厳しい環境に変貌し、一時的に業務面・精神面の負荷が高まり、2ヶ月ほど前から休職中という運びです。

 

加えて、現在妻が第一子を妊娠しています。
そのため、自分の手ではどうにもならない環境要因から離れること、育児にもしっかり取り組める勤務形態を探して転職に向けて動いてみましたが、なかなかどうして選考通過には至らない。

 

一度落ち着いて前向きになった心がグジャグジャになってきて、なんとなくブログから自分を発信してみたくなりました。誰かの心に一つでも何か残ればいいな。

 

【休職中やってたこと】

世は人類皆スピーカー時代。誰もが自分をコンテンツにできる時代に、休職直後の私が選んでいたのは「3年日記」でした。日付に合わせた日記を3年分手書きできる日記帳に、揺れ続ける思いを毎晩書いていました。

タイピングよりも文字起こしよりも、手書きに何か意味があるのではないかと考えたのです。それを年単位で読み返せることに意味があると思ったのです。

そして今、日記を読み返すと、日々感じていて今は忘れていた心情が鮮明によみがえってきました。

誰に見せるでもなくても、自分が生きて考えてきた足跡を残すのはいいことかもしれません。

 

【休職中の過ごし方】

最初の2週間ほどは、「何もしなくていい時間にすがりつく」ような感覚だったように思う。医者は即日休職の診断書を書いてくれた。会社への連絡も妻からしてもらうように指示してもらった。会社のPCもスマホも電源を切った。タスクの激流が止まった。顧客への責任感、会社への貢献、将来のキャリア、全部忘れた。後回しにするように医者から言われていた。

だからといって、学生時代の長期休暇に突入したような喜びはない。レジャーも行っていたが、強制的に歩みを止められた慣性で心はかき混ぜられ続けた。そしてそれは、今も起きてしまっている。

 

次の通院で医者からは気晴らしをするようにと言われた。ボーっとしてるのはダメで、「今日どこに行こう、何を食べよう」とかが気晴らしだと。当時は変なのと思ったが、自分の境遇を忘れて自分を取り戻すようなことをしろという話だったのかと。多分。その日から意識的に外に出たりするようになった。

 

何とか自分を取り戻し、納得のいく生き方に近づけるように転職活動に手を出してみたが、今のところ上手くいっていない。

 

医者からすると不本意かもしれないが、休職中はどうしても自分との対話が増える。休職中だからって浮かれてゲームしまくったりマンガ読みまくったりアニメドラマ見まくったりするような人は適応障害にならない気がする。笑

「上手くいかなくても自分は自分でいいじゃないか」と考えることが正しいのか、「上手くいかせるために頑張らないとダメじゃないか」と考えるのが正しいのか、未だによくわからない。

ただ、私はこれまで前者の思考が少なすぎたんだと思う。休職を伝えていても変わらぬ態度で接してくれる妻や両親、義両親のおかげで実りもあったような気がするが、先日草サッカーをしている途中も面接のことがフラッシュバックしたりしたので、本質は全然変わっていないのかも。

 

【結びに】

手書きの日記でいいと思ってたけど、誰も見てないであろうこのブログが頭から離れたことはなかった。

何のテーマも示唆もない文章になってしまったが、一つ自分のモヤモヤを解消できたような気がする。

今日の一曲は、皆さんにお任せします。